大阪地方裁判所 平成8年(ワ)3150号 判決 1997年5月27日
原告
中野勢津子
被告
深串徹
主文
一 被告は、原告に対し、二四万〇八二二円及びこれに対する平成七年四月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一四分し、その一三を原告の、その余を被告の負担とする。
四 この判決の第一項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、三五一万〇八九六円及びこれに対する平成七年四月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、自転車で交差点を横断中の原告が、被告の運転する自動車に衝突され、傷害を負つたとして、被告に対し、不法行為に基づき損害の賠償を求めた事案である。
一 争いのない事実
1 被告は、平成七年四月一九日午後六時四〇分ころ、普通乗用自動車(和泉五〇に四六六五、以下「被告車両」という。)を運転して、大阪市浪速区日本橋四丁目三番一四号の信号機により交通整理の行われていない交差点(以下「本件交差点」という。)を北から南へ向けて進行するにあたり、本件交差点を自転車に乗つて西から東へ向けて進行してきた原告の運転する自転車に被告車両を衝突させた(以下「本件事故」という。)。
2 本件事故は、被告の過失によつて発生した。
二 争点
被告は、原告の損害、ことに治療及び休業の必要性について争うほか、本件事故の発生には原告にも四割を下らない過失があり過失相殺すべきであると主張する。
第三当裁判所の判断
一 原告の治療経過(治療及び休業の必要性)について
1 甲第三、第四号証、第七ないし第二二号証、第五一ないし第六五号証、第八四号証の一ないし一七、乙第八ないし第一〇号証の各一、二、第一一号証の一ないし七及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
(一) 原告は、本件事故後、救急車により大野記念病院に搬送され、同病院で左肩鎖関節脱臼、左示指、左膝擦過傷、頭部外傷Ⅱ型との診断を受けたが、同病院では原告は整形外科的には入院が絶対必要というほどではないと診断したものの、原告が家庭で世話をしてくれる者がいないとして入院を希望したことから、同病院には空きベツドがなかつたため野田記念病院を紹介し、原告は、平成七年四月二〇日から同年五月一三日までの二四日間野田記念病院に入院した。なお、原告は、平成七年四月一九日のほか、同月二〇日、同月二四日にも大野記念病院に通院した。
原告は、大野記念病院では、左肩鎖関節痛とふらつき感を訴えたが、同病院では、左肩については三角布固定で軽快すると予想し、頭部についてもCT上神経学的にも問題はないとした。また、原告は、野田記念病院入院中も概ね活気があり、左肩の痛みがときどきあるが自制内であり、また、MRIの結果頸椎に異常なしとされ、同病院では、原告に対し、鎮痛剤の投与、湿布等を行つた。
(二) 原告は、野田記念病院退院後は、平成七年五月一五日から同年一〇月二七日まで田中整骨院に通院して施術を受け、また、同年八月一〇日から同年一二月一日まで大阪赤十字病院整形外科を受診した。原告は、同病院では、物がぼやけて見える、左耳に難聴があると訴えたため、同科の指示により、同病院の神経内科、眼科、耳鼻咽喉科も受診したが、老人性白内障、右眼近視性乱視、左眼近視及び乱視、左慢性中耳炎による難聴が認められるが、本件事故による症状は認められなかつた。
原告は、平成七年八月一〇日、大阪赤十字病院での診察の際、左上肢の挙上ができず、左肩甲部痛があるとの自覚症状があつたが、同病院の整形外科では、原告の頸椎の可動域はよく、上肢の腱反射の亢進や病的反射もなく、肩甲骨の内側縁の圧痛と左肩鳥口突起部の圧痛があるほか、左肩関節の前方挙上側方挙上での運動制限があるとの診察結果であつた。そして、同科では、原告を外傷性頸部症候群、外傷後左肩関節周囲炎と診断し、ステロイド剤、局麻剤の局部注射等の治療を行つた。その後、原告は、平成七年一〇月二七日には、田中整骨院で、左肩部打撲については自発痛が消失し、挙上〇ないし一六〇度、外転〇ないし一六〇度を回復し、経過良好で日常生活に障害なく治癒したとされ、また、腰部捻挫についても機能障害はなく治癒したとされた。
(三) その後、原告はしばらく通院していなかつたが、平成八年九月一一日から平成九年二月二八日まで外傷性頸部症候群の傷病名で大野記念病院に通院した。
(四) 原告は、本件事故当時六〇歳であり、喫茶店「喫茶ニユーワールド」でウエイトレスとして稼働し、コーヒー等を客席に運んだり、食器を引き上げたりする仕事をしていた。
2 以上によると、遅くとも平成七年一一月一日には、原告は本件事故によつて受けた傷害はほぼ治癒し、日常生活に支障はなくなり、就労が可能な状態となつていたと認めるのが相当であり、また、遅くとも平成七年一二月一日には原告の症状は固定したものと認めるのが相当である。
なお、被告は、原告の治療の必要性について争うが、原告の入院については、整形外科的には入院が絶対必要というほどではないものであつたにせよ、大野記念病院が原告を野田記念病院に紹介し、野田記念病院もこれに応じて原告の入院を認めたのであつて、入院期間も二四日間であつて不必要に長いともいえず、原告の年齢も考慮すれば、原告に入院の必要性がなかつたとまではいえない。また、原告の大野記念病院、大阪赤十字病院への通院についても、原告が、退院後しらばくの間整形外科を受診していなかつたことや、原告の既往症、心因等により若干通院期間が長くなつた面があることは窺われるものの、平成七年一二月一日までの分については、なお本件事故と相当因果関係を認めることができるというべきである。これに対し、平成八年九月一一日以降の大野記念病院における受診については、本件事故から相当期間が経過し、しかも、平成七年一二月にいつたん通院を中止した後九か月以上を経過して改めて受診したものであり、その治療内容も不明であるうえ、前記のとおり原告の症状は平成七年一二月には症状が固定していたというべきであるから、本件事故との間に相当因果関係を認めることはできない。
二 原告の損害について
原告は、本件事故により次のとおりの損害を受けたものと認められる。
1 治療費 七六万五一三五円(請求一一二万六五八三円)
甲第五、第六号証、乙第八号証の二によれば、原告は、大野記念病院を受診し、治療費(文書料を含む。)として六万九七六五円を負担したことが、乙第九号証の二及び弁論の全趣旨によれば、原告は、野田記念病院に入院し、治療費(食事療養費、診断書料、明細書料を含む。)として六五万五一八〇円を負担したことが、甲第三号証、第九号証、第一七ないし第一九号証、第二一号証によれば、原告は、大阪赤十字病院整形外科に通院し、治療費(文書料を含む。)として一万三七五〇円を負担したことが、甲第七、第八号証、第一〇ないし第一六号証、第二二号証によれば、原告は、大阪赤十字病院の眼科、耳鼻咽喉科、神経内科にも通院し、治療費として二万一二九〇円を負担したことが、甲第二〇号証によれば、原告は、大阪赤十字病院に対し文書料として五一五〇円を負担したことがそれぞれ認められ、以上の合計七六万五一三五円は本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。
以上のほか、原告は、田中整骨院で受けた施術費用三五万三一〇〇円を本件事故による損害であると主張するが、右施術が医師の指示に基づくものであることを認めるに足りる証拠はなく、また、右施術の効果も明らかでないから、右費用をもつて本件事故と相当因果関係のある損害とすることはできない。また、原告は、平成八年九月一一日から同年一一月一日までの間に大野記念病院で受けた治療費一万三四九〇円を本件事故による損害であると主張するが、前記のとおり、右通院は本件事故との間に相当因果関係を認めることはできないから、右費用をもつて本件事故と相当因果関係のある損害とすることはできない。
2 入院雑費 三万一二〇〇円(請求どおり)
弁論の全趣旨によれば、原告は、野田記念病院に入院した二四日間に一日当たり一三〇〇円の雑費を支出したものと認められ、その合計は三万一二〇〇円となる。
3 通院交通費 〇円(請求三万〇九九〇円)
原告は、通院にタクシーを利用し合計三万〇九九〇円の損害を受けたと主張し、右事実を立証するために、甲第二九ないし第四七号証、第六六ないし第七九号証を提出するが、右のうち甲第二九ないし第三七号証は、原告の入院期間中のものであり、原告の通院に利用したものではないし(なお、甲第三〇号証については、原告が平成七年四月二四日に大野記念病院に通院していることからその際のものである可能性もある一方、原告本人尋問の結果によれば、原告の家族がタクシーを利用した可能性もあり、原告の通院のために利用されたものであると認めるに足りない。)、また、甲第三八号証ないし第四七号証は、平成七年八月一一日以降のものであり、既に認定した治療経過に照らせば、通院にタクシーを利用する必要があつたとは認められず、更に、甲第六六ないし第七九号証は、平成八年九月一七日以降のものであり、前記のとおり通院の必要性が認めれらないから、結局、通院交通費に関する原告の主張は採用できない。
4 休業損害 一四九万四四二八円(請求二四七万九八〇〇円)
甲第四八ないし第五〇号証、第八〇号証によれば、原告は、本件事故当時喫茶店「喫茶ニユーワールド」に勤務し、平成六年には二七九万七二六四円の年収があつたことが認められる。そして、原告は、前記のとおり本件事故の日の翌日である平成七年四月二〇日から同年一〇月三一日までの一九五日間就労できなかつたものと認められるから、原告の休業損害は一四九万四四二八円となる(円未満切捨て)。
計算式 2,797,264÷365×195=1,494,428
5 逸失利益 〇円(請求四一万九五八九円)
原告は、本件事故によつて局部に神経症状を残し、少なくとも自動車損害賠償保障法施行令二条別表障害別等級表一四級に該当する後遺障害であると主張する。
しかし、既に認定したとおり、原告には、本件事故によつて日常生活に支障を来したり労働能力に影響を及ぼすような障害が残つたものとは認められないから、原告の右主張は採用できない。
6 慰藉料 九〇万円(請求二二三万円(入通院分一三八万円、後遺障害分八五万円))
本件に顕れた一切の事情を考慮すれば、原告が本件事故によつて受けた精神的苦痛を慰藉するためには、九〇万円の慰藉料をもつてするのが相当である。
三 過失相殺について
1 甲第八一号証、乙第四号証、第五号証の二、乙第一、第二号証、検乙第一ないし第一九号証及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
(一) 本件交差点は、南北に通ずる道路と東西に通ずる道路が交差する信号機により交通整理の行われていない交差点であり、南北道路は幅員が約一一メートルの南行の一方通行で、最高速度が時速三〇キロメートルの規制がされており、また、東西道路は幅員が約七・五メートルの東行の一方通行で、本件交差点の西詰には一時停止の規制があり、一時停止の標識が設置されているほか、路面にも白色ペイントで「とまれ」との表示がされており、ほぼ南北道路の西端の延長線上に停止線が設置されている。
(二) 本件交差点の北側及び西側からは、いずれも本件交差点の左右の見通しは悪く、しかも、本件事故現場付近には商店や事務所が密集しており、本件事故当時、本件交差点の北西角の道路上には、付近の商店の旗や看板が多数置いてあつた。本件事故当時、南北道路、東西道路とも交通は閑散であつた。
(三) 被告は、本件事故当時、被告車両(スバル・ヴイヴイオ、銀色)を運転して本件交差点を北から南へ向けて直進するに当たり、本件交差点手前で減速して本件交差点に進入しようとしたところ、右前方約三・〇メートルの地点に原告を発見し、急制動の措置を講じたが間に合わず、本件交差点中央付近で、被告車両の右側ドアに原告の自転車の前部を衝突させた。
2 原告は、本件交差点付近の駐車場に出入りする車があつたので、いつたん自転車を降りて自転車を押して本件交差点西詰の停止線の手前まで来て、その後停止線の手前で自転車に乗り直したと供述する。しかし、原告は、一方で、本件交差点に進入するに当たり、左側から車両が来ているかどうか確認したが、旗があつたので見えず、被告車両に衝突するまで被告車両に気が付かなかつたとも供述するところ、本件交差点西側からの左右の見通しが悪いにしても、南北道路の幅員は約一一メートルあるのであるから、停止線付近でいつたん停止して左方を確認すれば、北側から進行してくる車両が発見できないはずはないというべきであり、本件交差点西詰の停止線でいつたん停止したとする原告の供述は信用できない。
3 以上によれば、本件事故は、被告の前方不注視の過失により発生したものと認められるが、原告にも、交通閑散に気を許し、南北道路の車両の通行の有無を確認せず、一時停止を怠り漫然と本件交差点に進入した過失があるというべきであり、既に認定した諸事情に照らせば、原告には本件事故の発生につき四割の過失があると認めるのが相当である。
なお、原告は、原告の自転車の左側面に被告車両の前部が衝突し、その後、原告の体が被告車両の右側ボンネツトの上に左腕の方から肩にかけて乗り、すぐ右ライトの前ぐらいに滑るように落ちたと供述する。しかし、乙第五号証の二、検乙第一二ないし第一九号証及び弁論の全趣旨によれば、本件事故により、原告の自転車には前かご擦過、前輪泥除け曲損等の損傷が、また、被告車両には右側ドアの地上八五センチメートル、前から一・八メートルの部分に凹損擦過痕が生じたことが認められるうえ、原告は、被告車両は黒つぽい車だつたと供述し、本件事故についてどの程度正確な記憶を有しているのか疑問であり、仮に、原告の自転車と被告車両との衝突部位が原告の供述どおりだつたとしても、過失相殺割合に影響を及ぼすほどのものではないというべきである。
四 結論
以上によれば、原告が本件事故によつて受けた損害は三一九万〇七六三円となるところ、これより過失相殺として四割を控除すると一九一万四四五七円となり、更に原告が被告から支払を受けた一七〇万三六三五円(争いがない。)を控除すると、残額は二一万〇八二二円となる。
本件の性格及び認容額に照らせば弁護士費用は三万円とするのが相当であるから、結局、原告は、被告に対し、二四万〇八二二円及びこれに対する本件事故より後の日である平成七年四月二〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 濱口浩)